
ドグマAVOPEN2016作品は、引退を発表したみづなれい最後のドグマ出演作を出品!TJ監督はこれまでの感謝を込めて、彼女が一般社会に戻る為の言わば「禊」となる、飲尿・連続イラマチオ・緊縛SM・レズ・浣腸・アナル・二穴ファックという数々の試練を用意した!更に、M女軍団の後輩とのレズプレイは必見!れいの熱いガチンコ魂は後輩に受け継がれた!本作は正にみづなれいの集大成となる作品です!




















浣腸、飲尿アナル、セックス、拘束玩具責め、イラマ、レズ、ゲロ。 ハードなプレイを可愛い顔して次々とこなすみづなれいさん。 言葉を択ばず言うとその強靭さに終始脱帽です。アスリートが競技をやり遂げた時のような感動を覚えます。 4時間の超大作。歴史を感じる永久保存版と言えます。 観終わった後にパケのみづなれいさんよろしく合掌し感謝する自分がいました。 みづなれいよ永遠に。ありがとうございました。
みづなれいの集大成と思える作品でした。 とても良かったですが、ゲロは…
恐らく、この制作者は、「みづなれい」の心を最後まで裸にできなかったのだろう。「みづなれい」は、架空の存在であり、実際には、別に「中の人」がいる。AVの制作者は、「中の人」が「みづなれい」を維持できなくなり、心が裸になり、本音のエロが解放されることを期待していたのだろう。 しかし、「中の人」にとっては、「みづなれい」は仕事であり、真面目に、真剣に取り組むべき職務であるから、常に「タガ」が外れないように、「中の人」は注意をしているのだろう。こういうポーズ、ここでこう股を開き、ここでこう髪をかき上げ、ここで、こうにっこりして、というように、「中の人」は、求められることを誠実に遂行してゆく。 「中の人」は、「みづなれい」の成長とは、アナル、浣腸、縄、蝋燭、小便、フィストなどのメニューをこなせるように、レパートリーが増えてゆくことであると考えているのだろうと思う。 しかし、「中の人」が、それらのプレイを、心の底から楽しむ、詰まり、「仕事」でなくても積極的に楽しんでいる、ということがなければ、それらの行為は「形だけ」の行為であり、「心」は、そこに存在していない。 だから、それらの「行為」は「お金」のためにやっている「お仕事」なのである。これが、「みづなれい」が、真剣・真摯・誠実に仕事に取り組んでいたにも関わらず、早くに引退をしなくてはならなくなった理由だろう。 これは、制作者に誤解があるのだ。「中の人」の内心に「エロ」なことが多く存在していないならば、そのエロを少しずつ大切に育てながら、解法してゆくようにしなくてはいけなかったのだ。「普段はあまりオナニーはしません。道具を使うことはありません」という人に、バイブを入れてオナニーをしている「絵」を取らせてくれ、ということが、AVの仕事であると制作者が思っていると、本当のエロは撮れないのだ。 「みづなれい」と「中の人」が最も近いのは、「多くの人が周囲におらず、まったり、イチャイチャしながら、男性を焦らして、攻めて、御願いさせる」というプレイだろう。そのような時の、「みづなれい」の瞳の輝き、生き生きとした自然な表情を見ていると、こういう彼女がやりたいことをやって貰いながら制作して行けば、彼女のキャリアは変わったものになっただろう。 それでも、なお、みづなれいは、私にとって最高の存在だ。 幸せに生きて欲しい。
れいの恥ずかしい場面がすべて見れるんじゃないかとおもう とんでもない作品
インタビューが所々入ってくるのが個人的に駄目でした。本人のインタビューならともかく、男優や監督の時は…。 出来れば最後の方でまとめて欲しい。 他は言うことなし。よかったです。